2024.12.2800:11
ラスト華金リョウの日 #華金リョウ
全国の皆さまこんばんは😊
今日は金曜日、志村糧一が「ラスト華金リョウの日」でお送りいたします✋
さて何から書き出しましょうか…。
まずは18年と7ヶ月もの長い間、レジェンドを応援してくださり本当にありがとうございました✨
2015年のいつだったか。
アキから「うっちーが話したいことがあるっていうから代わるね」と電話が。
当時イタリア在住で、一時帰国で吉田家に居候中だっただったうっちーが「しばらく泊めて」と言うとばかり思っていいたから、うっちーが何も言う前に「断る」と言ったら「え?」と困惑した声(笑)
話を聞いてみると「国音の先輩後輩で楽しいコンサートしたいんだけど出てくれない?」って❗️
当時の僕は劣等生で(それは今もか😂)
とにかく自分の歌に自信がなかったからそんなお誘いをしてもらえるなんて本当に嬉しくて🥺
さらに聞いてみると大先輩の柿さんにも声をかけると言うではないか😳
「ホントに俺でいいの?」
僕の中のレジェンドはここから始まった✨
年が変わり1stコンサートの為の稽古が始まったのだが、各方面で仕事をしていたメンバーのスケジュールが全然合わず、1週間前でもまだほぼ白紙の状態💦
本番まで残り3日ってところからスケジュールが合い、朝10:00から夜21:00まで稽古三昧💨
おかげで本番当日は声がスッカスカだったけど😅
チラシには「次世代のプリモウオーモたちの夢の共演」みたいなことしか書いてなくて、あとは予定曲目の各自のオペラアリアのみ。
来場した人たちは「こんなに笑わされる」なんて誰も思ってなかったと思う😁
1stコンサートまでの期間は本当に楽し過ぎて終わった後は心にポッカリと穴が空いて…
僕なんか打ち上げでも号泣してね😅
「また来年こんなコンサートができるといいね」なんて話してたんだけど、なんと北海道でうっちーが凱旋ソロコンサートをする時の2部に『クラブレジェンド』をして欲しいとのオファーが😳
そしてそこから伝説が始まった❗️
SNSで「レジェンドは僕にとって青春でした」って書いたけど、お仕事のはずなのに学生の頃に部活に夢中になってた時のような感じで熱くも楽しい毎日だった。
僕なんてずっと体育会系で育って来たから1人暑苦しくてね😤
みんなはきっと扱いにくい人物だったと思うけど、それでもちゃんと受け止めてくれたのが嬉しかったな☺️
最初なんて1ヶ月のギャラが3千円なんてこともあったけど、僕はみんなと歌えることが幸せだったから全然苦しいとも思わなかった。
口コミでだんだんコンサートが増えてきて、少しずつファンと言える方たちができてきて…✨
そこからは夢のような毎日だった😍
そして気がついたら18年も経ってた。
ここで1回お休みすることになったけど、僕にとってのレジェンドは酸素みたいなもので「あることが当たり前。でも無いと生きていけない」ものだから、僕が生きていけるようにまた愉快な仲間たちと歌える日を楽しみに精進していきたいと思う。
18年間の中で共に音楽を作ってきた仲間たち。
僕らがキラキラしたステージで歌えるように、裏方としてセッティングしてくれた事務所スタッフ、関係者の皆さま。
コンサートで共演してくれた音楽仲間。
そして
まるで身内のように応援してくれた愛するファンのみんな。
本当にありがとうございました。
これにて『華金リョウの日』は一旦幕を下ろします。
が❗️
また会える日を楽しみにしっかりネタを仕込んでおきますね😁
それでは『華金リョウの日』ここまで✋